「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
中学校の教科書に掲載されてもいる、俵万智さんの有名な短歌代表作品の現代語訳と句切れ,表現技法などについて解説します。
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教科書の短歌 中学校教材に収録の近代・現代歌人の作品 正岡子規若山牧水石川啄木与謝野晶子他
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作者:
俵万智 『サラダ記念日』
現代語訳:
この歌は、そもそも、日本語の古い言葉である「文語」ではなく、今の言葉の「口語」で詠まれています。
なので、現代語訳の必要はなく、そのままでいいです。
歌の意味:
体も心も冷え切ってしまうようなとき、何気なく「寒いね」と話しかけると「寒いね」とそのまま答えを返してくれる人が身近にいることは当たり前のようだが、とても幸せなことである。
語の意味と文法解説:
意味も特に難しい言葉はありません。
表現技法と句切れ:
句切れはありませんので、「句切れなし」です
「あたたかさ」の名詞で終わっており、それは「体言止め」
対比(寒いとあたたかい、話しかけると答える)は「対比」
「寒いね」の繰り返しは、「反復法」
4句、5句の「答える人のいるあたたかさ」は、「答える人のいる」の「いる」は5句の7文字「いるあたたかさ」となり、それはは「句またがり」といいます。
平仮名と漢字の表記
他に「あたたかさ」が平仮名であるところにも、作者の意を感じられると思います。
また短歌の場合、漢字表記を含む言葉を繰り返す時には、「寒い」「さむい」というように、重複を避けるために表記を変えることが多いのですが、この歌では、会話が相似形になるように、どちらにも「寒い」と漢字が使われています。
句またがりについて
俵万智の歌には、45句に句またがりが見られるものが多く、この方の歌の特徴ともいえます。
これについては、穂村弘さんが『短歌の友人』の中で、次のように述べています。
いずれも「二音/五音」の分割による「連体形/体言止め」のかたちになっていることがわかる。これは戦後の前衛短歌が開発した句またがりという技法の口語的なバリエーションなのだが、読者はそんなことは全く知らないまま、読み進むうちに、この安定したリズムを心地よいものとして受け入れるようになるだろう。
体言止めの例
酒の名を聖(ひじり)と負(おほ)せし古(いにしへ)の大(おほ)き聖(ひじり)の言(こと)のよろしさ (巻三・三三九)
大輪の牡丹かがやけり思い切りて これを求めたる妻のよろしさ 古泉千樫
最初の歌は、句切れなし。二首目の歌は、二句切れとなる。
解説と鑑賞
俵万智の短歌で、教科書に掲載されるより以前からよく知られた歌として、親しまれています。
最初の「寒いね」の寒さは、実際の寒さですが、最後の「あたたかさ」は実際の「温かさ」ではなくて、自分の呼びかけに返事してくれる人が、そこにいるという、そのことがもたらす「あたたかさ」です。
「心が温まる」という言い方がありますが、そのような「あたたかさ」を指すものです。
「寒いね」は、あえて漢字の表記を統一して、同じ5文字である初句と3句にぴったりと相似形に収まります。
また、その間の「話しかければ」は7音での一語であり、短く歯切れのよい「寒いね」の繰り返しは印象に残るリズムの効果をも与えています。
同じ言葉を二度書くことで、人が二人いるのだなあということが、直ちに伝わります。
そうして「寒いね」が口伝えのように繰り返されるうちに「あたたかさ」へ変化していく。
「ぬくもり」や「うれしい」などという、種類の違う言葉を使わずに、「寒い」「温かい」という気温の体感を表す同種の言葉を用いることで、その最後の変化が、ストンと心に落ちるように納得できるようになります。
ある意味単純でわかりやすく、どこかさっぱりした読後感をも与えてくれます。
まとめ
寒い季節になると、必ず人は「寒いね」というものです。また暑い季節になると、「暑いね」といいます。社交の上でも、「今日は寒いですね」と挨拶をすることがある。気がついてみると、会う人会う人、一日のうちに同じ言葉を何度も言っていることもあります。
深い言葉ではないのですが、そのような言葉を相手に投げかけることで、人と人とのつながりが再確認される、そのような関係性の中に私たちが生きているということを思い出させてくれる作品でもあります。
俵万智プロフィール
俵万智(たわらまち)1962年大阪府門真市生まれ。
早稲田大学在学中より短歌を始める。佐佐木幸綱に師事。「心の花」所属。1987年、第一歌集『サラダ記念日』(河出書房新社)を出版、260万部を越えるベストセラーになり、第32回現代歌人協会賞受賞。歌集のほか、小説『トリアングル』、エッセイ『あなたと読む恋の歌百首』『百人一酒』など著書多数。
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