思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ 中学校の教科書に掲載されている、俵万智さんの有名な短歌代表作品の現代語訳と句切れ、字余りや表現技法について解説します。
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思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
作者:
俵万智 『サラダ記念日』
現代語訳:
この歌は、そもそも、日本語の古い言葉である「文語」ではなく、今の言葉の「口語」で詠まれています。
なので、現代語訳の必要はなく、そのままでいいです。
歌の意味:
過ぎ去った楽しい夏の一つの思い出のようにも思えるので、麦わら帽子のへこみもそのままにしておきたい、そんな気持ちなのだ
語の意味と文法解説:
意味も特に難しい言葉はありません。
表現技法と句切れなど:
思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
句切れはありませんので、「句切れなし」
「へこみ」の名詞で終わっており、それは「体言止め」
「麦わら帽子のへこみ」は目的語で、本来は「そのまま」の前にあるべきともいえるので、「倒置法」
4句「しておく麦わら」は、7字であるべきところが、8字なので「字余り」
4句、5句の「しておく麦わら帽子のへこみ」は、「しておく麦わら・帽子のへこみ」となり、それは「句またがり」といいます。
倒置の効果
「思い出の一つのようで麦わら帽子のへこみをそのままにしておく」というような語順だったら、印象はどう違ってくるでしょうか。
他の言葉の間に「へこみ」がある場合、他の言葉に紛れて「へこみ」は目立たなくなります。
結句、すなわち、歌の一番最後に「へこみ」が来て、それに続く動詞がなく、そこで切れることで、「へこみ」が一層印象に残るものとなるのです。
句またがりについて
思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
俵万智の歌には、45句に句またがりが見られるものが多く、この作者の特徴ともいえます。
こうすると、45句は「7」「7」ではなくて、「4 しておく・9 麦わら帽子の・3 へこみ」という分け方になります。
それによって、読み手が予期している、いつもの各句のバランス「57577」とは違ったものになって、印象に残ることになります。
また、下句である45句が、逆に分け難くひとまとまりのものとして、とらえることにもなり、下句は一気に読まれるため、この部分には滑らかさとスピード感が含まれてきます。
穂村弘の述べる俵万智の句切れ
俵万智の句切れについては、穂村弘さんが『短歌の友人』の中で、次のように述べています。
いずれも「二音/五音」の分割による「連体形/体言止め」のかたちになっていることがわかる。これは戦後の前衛短歌が開発した句またがりという技法の口語的なバリエーションなのだが、読者はそんなことは全く知らないまま、読み進むうちに、この安定したリズムを心地よいものとして受け入れるようになるだろう。
体言止めの例
酒の名を聖(ひじり)と負(おほ)せし古(いにしへ)の大(おほ)き聖(ひじり)の言(こと)のよろしさ (巻三・三三九)
大輪の牡丹かがやけり思い切りて これを求めたる妻のよろしさ 古泉千樫
最初の歌は、句切れなし。二首目の歌は、二句切れとなる。
解説と鑑賞:
過ぎ去った夏の思い出をうたって、哀愁を感じる作品。
「麦わら帽子のへこみ」は、夏にかぶる麦わらで編んで作った帽子、英語でストローハットといいますが、布で作ったものよりも形がきちんとした固めのものです。
なので、頭頂部のてっぺんや脇を押したとすると、そこがぺこんとへこむ。通常はそれを元に戻して形を整えて、次の夏までクローゼットなどにしまうわけですが、どうかすると、それがもう戻りにくくなっている。
作者には、そのへこみが、過ぎ去った夏に起こったさまざまな出来事と結びついて「思い出」として思い返されるのです。なので、なんとなく、それを元に戻したくない、思い出をそのままに取っておきたいという作者の思いが感じ取れます。
その思い出の中には、作者の初期のテーマである、恋愛もあったかもしれません。けれども「思い出」といってしまっているからには、その恋愛はひと夏で終わってしまったのでしょう。
なので、単に移り変わる季節を悼むというだけでなく、失恋の哀愁も感じさせるような、もの悲しさの残る作品となっています。
なお、この歌に先行する作品として、寺山修司『空には本』(1958年)の下の短歌があります。
夏帽のへこみやすきを膝にのせてわが放浪はバスになじみき
俵万智プロフィール
俵万智(たわらまち)1962年大阪府門真市生まれ。
早稲田大学在学中より短歌を始める。佐佐木幸綱に師事。「心の花」所属。1987年、第一歌集『サラダ記念日』(河出書房新社)を出版、260万部を越えるベストセラーになり、第32回現代歌人協会賞受賞。歌集のほか、小説『トリアングル』、エッセイ『あなたと読む恋の歌百首』『百人一酒』など著書多数。
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