かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものを 大伴家持作の万葉集の歌枕  

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かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものを 大伴家持作の万葉集の歌枕

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かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものを

大伴家持の有名な和歌、の現代語訳と句切れと語句について解説します。

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かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものをの解説

読み:かからむと かねてしりせば えつのうみの ありそのなみも みせましものを

作者

大伴家持 万葉集 第17巻 3959番

現代語訳

こうなるとわかっていれば、新潟の有磯海の波も見せてあげるのであったのに

句切れ

句切れなし

語と文法

かからむと・・・基本形「かかる」未然形 「む」は推量の助動詞

かねて・・・「以前から。前もって」の意味の副詞

知りせば・・「ば」は仮定の接続助詞「知っていれば」の意味

越の海・・・富山県の海を指す

「見せましものを」の品詞分解

  • 見せ→ 基本形「見す」の連用形
  • まし→反実仮想
  • 「ものを」は終助詞で、詠嘆をあらわす

解説

大伴家持の有名な歌で有磯海は、歌枕となっている。

歌の背景

大伴家持は越中、今の富山県に国守として赴任した。

赴任後まもなく弟が亡くなったという知らせを都から受け取ったとされる。

上の歌は弟の死を惜しむ気持ちを詠った挽歌の一つ。

歌枕とは

歌枕とは、そこを歌った初めの作品を踏まえて、多くの人が和歌によみ込んだ名所のこと。

有磯海を読んだ短歌と俳句なら、大伴家持の歌が最初となり、この海域が歌枕と呼ばれる。

この歌の有磯海を歌枕として詠んだのが、慈円の

ありそ海の浦拭く風にあらねともやむ時もなく物をこそ思へ

もう一つ、松尾芭蕉の

早稲の香や分入右は有磯海

も有名。

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【解説】早稲の香や分入右は有磯海 芭蕉の歌枕の俳句

歌枕としての有磯海

この句の歌枕の場所は、富山湾。

正確には富山県高岡市から氷見市にかけての海域を指す。

有磯の元は「荒磯」で「荒磯」は元は「荒波の打ち寄せる、岩石の多い海岸」。

この海域一帯が万葉の歌枕を踏まえて、「有磯海」と呼ばれるようになった。

富山湾地図

大伴家持について

大伴家持,肖像画

静神社三十六歌仙より

大伴家持 おおとものやかもち 718-785

奈良時代の政治家、万葉集後期の主要な歌人。三十六歌仙の一人。

大伴旅人の子。坂上郎女は叔母にあたる。没落の途にある大伴家の家長として苦しみを歌に詠んだ。

746年越中守として新潟に赴任,751年少納言として帰京。759年までの歌が残っているが、その後の作品は不明となっている。

長歌46首,短歌432首など収録作品は万葉集の他の歌人と比べて最も多く、一部「歌日記」のような内容があるため、万葉集の編集者の一人と考えられている。

後期は繊細な抒情詠を詠んだところに大きな特色がある。

三十六歌仙の歌人一覧と有名な作品

大伴家持の他の短歌




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